評論Ⅱ ▼外山滋比古「読む」(七四ページ)の〔参考〕として神様川かわ上かみ弘ひろ美みにした25評論単元:〈知〉の深化 くまに誘われて散歩に出る。川原に行くのである。歩いて二十分ほどの所にある川原である。春先に、1鴫しぎを見るために、行ったことはあったが、暑い季節にこうして弁当まで持っていくのは初めてである。散歩というよりハイキングといった方がいいかもしれない。くまは、雄の成熟したくまで、だからとても大きい。三つ隣の三〇五号室に、つい最近越してきた。近頃の引っ越しには珍しく、引っ越し蕎そ麦ばを同じ階の住人に振る舞い、はがきを十枚ずつ渡してまわっていた。ずいぶんな気の遣いようだと思ったが、くまであるから、やはりいろいろと周りに対する配慮が必要なのだろう。ところでその蕎麦を受け取ったときの会話で、くまとわたしとはまんざら赤の他人というわけでもないことがわかったのである。表札を見たくまが、「もしや某町のご出身では。」と尋ねる。確かに、と答えると、以前くまがたいへん世話になった某君の叔父という人が町の役場助役であったという。その助役の名字がわたしのものと同じであり、たどってみると、どうやら助役はわたしの父のまたいとこに当たるらしいのである。あるかなしかわからぬようなつながりであるが、くまはたいそう感慨深げに「縁え」というような種類の言葉を駆使していろいろと述べた。どうも引っ越しの挨拶のしかたといい、このしゃべり方といい、昔気かぎ質のくまらしいのではあった。そのくまと、散歩のようなハイキングのようなことをしている。動物には詳しくないので、ツキノワグマなのか、ヒグマなのか、はたまたマレーグマなのかは、わからない。面と向かって尋ねるのも失礼である気がする。名前もわか1510 〈知〉の深化8032
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