本教科書での「羅生門」下人と老婆は、それぞれの主張を正当化するためにどのような論理を展開しているか――。物語の核となる場面に、「現代の国語」らしいアプローチで迫ります。510 ある日の暮れ方のことである。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹に塗ぬりの剝げた、大きな円まる柱ばしらに、きりぎりすが一匹とまっている。羅生門が、朱す雀ざく大おお路じにある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市いち女め笠がさや揉もみ烏え帽ぼ子しが、もう二、三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。 なぜかというと、この二、三年、京都には、地震とか辻つじ風かぜとか火事とか飢き饉きんとかいう災いが続いて起こった。そこで洛らく中ちゅうの寂れ方はひととおりではない。旧記によると、仏像や仏具を打ち砕いて、その丹が付いたり、金銀の箔はくが付いたりした木を、道端に積み重ねて、薪の料しろに売っていたということである。洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、もとより誰も捨てて顧みる者がなかった。するとその荒れ果てたのをよいことにして、狐こ狸りが棲すむ。盗ぬす人びとが棲む。とうとうしまいには、引き取り手のない死人を、この門へ持ってきて、捨てていくという習慣さえできた。そこで、日の目が見えな123456781 羅生門 平安京の正門。朱雀大路の南方正面の大門で、平安京の出入り口であった。「羅城門」のこと。2 丹 赤色の顔料。3 朱雀大路 平安京の中央を羅生門から朱雀門まで南北に通ずる大路。4 市女笠 漆塗りの菅すげ笠がさ。ここでは、それをかぶった女のこと。5 揉烏帽子 漆を薄く塗り、もんで柔らかくした烏帽子。ここでは、羅生門芥あくた川がわ 龍りゅう之の介すけ学びの位置づけ(一四一ページ)身の回りの事柄や社会の風潮から課題を見つけ、老婆と下人が用いた論理を確認・検証しながら、自分の意見や主張を示す文章を書き、推敲しよう。▼活動一七二ページ1606論理を組み立てる文学的文章:羅生門34
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